1.完成したばかりの「春夏秋冬」を初公開!
渡部:
この作品が生まれたきっかけを、教えて下さい。
中村喜一郎先生:
ある方が佐原に、もう建ってから100年にもなる家を持っていまして、その方が、「中村先生にいただいた作品を、毎年お正月から7草まで飾って拝んでいます」と言ってくれたのがきっかけです。「私の作品を、こんなに大切にしてくれるなんて」と心を打たれまして、この作品をプレゼントしたいと思いました。そして考えてみれば、私の家も100年以上になりますし、自分の家にも一つ、自分の作品を飾ろうと思いまして、佐原の方の分と2つ作ったのです。
渡部:
それは、とても嬉しいことですね。そんなにも自分の作品を大切にしてくれるなんて。襖(ふすま)の中に額があるのも、珍しいですね。この形も、中村先生が思いついたのですか?
中村喜一郎先生:
はい。部屋を仕切る襖(ふすま)に飾りたいということで、襖の厚さと額縁の厚さを測ってみたところ、偶然にもちょうど同じ厚さでしたので、襖の中に額をおさめる形を思いつきました。これは珍しいと思いますよ。
佐藤正成社長:
襖の中に額がある形も珍しいけど、しかも楷書ですからね。昔の歴史的作品でも、楷書はほんとに、めったにないんじゃないかな。
中村喜一郎先生:
めったにないと思います。
渡部:
へえ。どうして楷書の作品は、今まであまり作られなかったのでしょうか?
中村喜一郎先生:
楷書は嘘をつけないのです。たった1字で、実力がわかってしまう。しかもこの春夏秋冬の場合は4枚の襖ですから、1枚だけビシッとできてもだめなのです。4枚が揃って、全体をパッと見た瞬間に、違和感がなく一体感、統一感があるかどうか。これが非常に難しい。
渡部:
一つ一つの字の美しさだけでなく、全体の一体感も美しくというと、考えただけでもとても難しそうです。しかも楷書は嘘をつけないのですからね。大変な作品ですね。
佐藤正成社長:
この作品ができるまでに、どれくらいのお時間がかかっているのですか?
中村喜一郎先生:
これは漢字28文字から成る七言絶句が4枚あるわけですが、まず、「撰文(せんぶん)」といって、七言絶句集にある歌の中から、それぞれの季節に合う歌を、5〜6詩選び出します。それらの歌を組み合わせて、一つの作品として、パッと見た瞬間に統一感と一体感が出るような字づらになるように字を選び出すのです。ここまでで、半年くらいかかりました。
渡部:
半年ですか。字づらも、歌の意味も、全体の一体感も考えて選び出すのですから、本当に大変なことですね。字を選び出したら、今度は筆で、書き始めるのですね?
中村喜一郎先生:
はい。4枚を2時間くらいかけて、一気に書きます。
渡部:
春、夏、秋、冬、の4枚の間に休憩を入れずに、一気に書くのですか?
中村喜一郎先生:
一気に、です。書は絵と違って書き足すこともできませんし、1字1字の感じが異なってはいけませんから、一発で一気に書くのです。それに、途中で字を間違えたり、抜かしてしまったりすれば、初めから書き直しになります。納得行くまで何回も書き直しますが、1日に書き直せるのは、最高でも3回がやっとです。それでも7〜8時間はかかりますから。
佐藤正成社長:
大変なことですね。3回書き直しても、丸一日かかってしまう。
中村喜一郎先生:
ええ。もう頼まれても書けないですね。お金の問題ではなくて、体が壊れてしまいます。それくらい精力を使い果たしてしまいます。やっぱり完成した時にはガクッときましたね。神経と、体力と。
佐藤正成社長:
作品はお金には代えられないものですが、仮に付けるとしたら、どれくらいの価値になるのでしょうね?
中村喜一郎先生:
お金はビタ一文、もらうつもりはない。
佐藤正成社長:
先生はそうでも、もらう方としても、お礼をしたくなりますよね?
中村喜一郎先生:
それでも金銭では絶対にもらうつもりはありません。もう金銭ではないですよね。その人の心に打たれて書いたのですから。材料代やはんこ代など、確かに結構な金額がかかっていますが、それももらいません。人間って、心意気だと思うのです。大事にしてくれれば、それだけです。出来上がったときに招待してくれると言ってくれていますので、その時に作品を見ながらうまいお酒でも飲ませてくれれば、それで十分です。
佐藤正成社長:
そうですか。ちなみに材料代はどれくらいかかっているのですか?
中村喜一郎先生:
紙は、中国の毛沢東の文化革命の頃の最高級紙「二層玉版」を使っています。これは、20年くらい前に買い置きしたもので、1枚1,000円以上しますが、今ではまず手に入らないものです。昔欲しくて、「いざという時には、この紙を使おう」と思って使わずにとっておいたものを、使ったのです。あとは、はんこが高いのです。はんこは「1文字当たりいくら」ですから、30万円以上かかっています。春夏秋冬の4枚それぞれに、別々のはんこを、押しています。
渡部:
すごいですね。印には何と書いてあるのでしょう?名前ですよね?
佐藤正成社長:
中村喜白先生だから、「中村喜白」と書いてあるんだよ。
中村喜一郎先生:
見てもらうとわかると思いますけど、赤が多くて白字のものと、その逆のものと、2種類使っています。
渡部:
保管状態を良く保つのは、やっぱり難しいのですか?陽が当るのも、まずいのですよね?
中村喜一郎先生:
そうですね。
佐藤正成社長:
紙も劣化していきますからね。
中村喜一郎先生:
でも、昔は書いた上に何も覆いがありませんから、どんどん劣化していきましたが、これはアクリル板でしっかりと覆っていますから、保存状態は完璧です。永久保存だって、できますよ。
渡部:
永久ですか!それはすごいですね。
中村喜一郎先生:
ええ。実はこの作品は先月完成したばかりで、まだほとんど誰にも見せていないのです。
佐藤正成社長:
ここでお食事でもしてみたいですね。この作品を見ながら、素敵でしょうねえ。
中村喜一郎先生:
ええ。正月にはここに家族を集めて、食事でもしようかと考えています。
渡部:
いいですねえ。
佐藤正成社長:
これも日展に出したらいかがですか?出せるのですよね?
中村喜一郎先生:
出すことはできますけど、4枚全部ではなくて、1つだけでしょうね。
佐藤正成社長:
なんか、ここにいるだけで、パワーを感じます。気というか。
渡部:
そうですね。ものすごくインパクトがありますし、力強い何かを、感じますよね。
中村喜一郎先生:
とても精神力を使いましたし、大変な作業でしたからね。そう言ってもらえると嬉しいです。